中央競馬史上、その存在が一般社会をも巻き込む、いわば「社会現象」にまでなったスターホースは私が知る限り「2頭」だけだと思います。1頭は大井競馬から中央に移籍し、皐月賞、宝塚記念を制したハイセイコー。もう1頭は本稿の主役、笠松競馬から中央に移籍し、安田記念、マイルチャンピオンシップ、有馬記念(2回)を制したオグリキャップだと思います(地方所属時代の主戦騎手はアンカツでした)。

リッツカールトンに宿泊したついででもないのですが、東京ミッドタウン内の富士フィルムフォトサロンで内藤律子さんの写真展「あれから17年オグリキャップは元気です。」が行われていたので足を運んでみました。

写真展では感動のラストラン(1990年有馬記念)の写真や引退後の牧場でのリラックスした様子を収めた写真が数多く展示されていました。下記の画像は写真展で唯一撮影OKとされていたものです(等身大)。17年の年月を経ても凛としたオグリは写真の中で健在でした。

oguri


何度か当ブログで書いていますが、彼は私の競馬の「原点」となった馬です。彼を初めて競馬場で見たのは1989年のJCだったと記憶しています。結果的にオグリはニュージーランド代表のホーリックスの2着と敗れてしまうのですが、その時の彼の走りを見て、大袈裟ではなく体に電流が走るのを感じました。それ以来、現在に至るまで私は競馬ファンを止める事が出来ずに現在に至っています。

彼には競馬の醍醐味が全て詰まっていました。勝利、敗北、挫折そして逆転。彼以上の成績を残した馬は数多く登場しましたが、彼ほどドラマチックな競走生活を送った競走馬は他にはいないと思います。ラストランとなった有馬記念では「もうオグリは終わった」と囁かれ、競馬新聞では△がいくつか申し訳程度についている状況。“競馬の神様”故・大川慶次郎氏も自信の無印でした。私は満員電車を遥かに超える混雑だった中山競馬場で彼の単勝馬券を握り締め、彼の動きを目で追っていました。4角で先団に取り付いたオグリを見て、私は「もうこれで思い残すことはない。ここまでよくやった」と思ったのですが、その数十秒後に信じられないミラクルを目撃することとなります。私の体に電流が駆け巡った2度目のことでした。日本の競馬史上、名シーンは数多くあれど、「この1日を選べ」と言われれば、未だに私は迷うことなく1990年の有馬記念を選ぶと思います。

引退後、種牡馬としては目立った産駒が出せなかったオグリですが、私は(彼の血が父系で残りそうにないのは残念とは言え)それで良かったのだと思うことにしています。彼の子供たちは彼の“分身”ではありますが、彼“自身”ではないのですから。彼は他の何にも替えられない唯一の存在だと思います。

彼が地方競馬・笠松出身ということもあり、私と地方競馬の付き合いも同時期から始まっています。競馬を差別しない心を植え付けてくれたことも彼には感謝しなくてはなりませんね。彼は私にとって競馬の「先生」と言ってもいいでしょう。


オグリキャップ写真展は8日まで行われています。東京の後は名古屋で写真展が開かれるようです。いわゆる“オグリ世代”の方もそうではない方も足を運んでみてはどうでしょうか。
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